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大阪高等裁判所 昭和32年(ラ)295号 決定 1960年2月27日

抗告人 鈴木商事株式会社破産管財人 津田勍 外一名

相手方 野田勝信

主文

本件抗告を棄却する、

抗告費用は抗告人等の負担とする、

理由

本件抗告の趣旨とその理由は別紙のとおりである。

所論は要するに、満期以後の債務不履行による遅延損害金は、手形金債務を前提として生ずるものではあるが、右二個の請求はそれぞれ独立したものであつて、これを訴訟において請求する場合、民事訴訟法第二一条(抗告申立書に第二三条第一項とあるは誤記と認める)所定の一つの訴をもつて数個の請求をなすときに該当し、いづれか一つの請求につき訴訟管轄があれば足るのであり、而して満期以後の法定利率による遅延損害金の義務履行地は債権者の現時の住所というべきであり、債権者である原告の住所は大阪にあるからこの請求については大阪地方裁判所が義務履行地の管轄裁判所として土地管轄を有し、従つて本件手形金の請求についても同裁判所に管轄権があるというにある。

しかし、約束手形債務について振出人に遅延損害金支払の義務があるとして、これを遅滞に付するには、まず手形権利者がその所持する手形を振出人に呈示し、手形と引換えに支払を求めねばならないことは、裏書により転々する手形の流通証券たる性質からみて義務者保護の立場上当然のこと(手形法第三八条、第七七条参照)というべく、あえてこれが請求と元本たる手形金債権の請求との間に別異の取扱をすべき法的根拠は見出しえない、したがつて支払呈示以後の手形金に対する遅延損害金債務は持参債務ではなく取立債務であると解するのが相当である。

それゆえ、支払期間経過後、約束手形金および満期以後の遅延損害金支払のためにする呈示は、たとえその手形に支払地や第三者支払の記載があつても支払義務者(振出人もしくは裏書人)の現時の営業所、もし営業所がないときはその住所でなされなければならない。

本件手形金請求訴訟の振出人たる被告(相手方)の本訴提起当時における住所が一宮市大正通七丁目一八番地であることは記録上明白であるから、本件訴訟は名古屋地方裁判所一宮支部の管轄に属し、大阪地方裁判所の管轄に属しないものというほかはない。

他に記録を調べてみても、原決定にはこれを取消すべき違法の点はなく本件抗告は理由がないから、民事訴訟法第四一四条、第三八四条、第九五条、第八九条、第九三条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 加納実 小石寿夫 千葉実二)

抗告の趣旨

原決定はこれを取消す

抗告の理由

(一) 原裁判所である大阪地方裁判所は昭和三十二年九月十四日職権をもつて抗告人を原告相手方を被告とする同裁判所昭和三十二年(ワ)第八三五号約束手形金請求事件に付き右訴訟に於ける原告の約束手形金並にこれに対する満期後の法定利息の各支払を求める請求は、その約束手形の支払地(義務履行地)は一宮市であり、被告の住所も同市内にあるから民事訴訟法第一条第二条第五条により本件の管轄裁判所は右住所並に義務履行地を管轄する名古屋地方裁判所一宮支部であるから民事訴訟法第三十条に則り同裁判所へ移送する旨決定をなした

(二) 然しながら先づ右訴訟において原告の請求するのは約束手形金金四十二万五千二百五十円及びそれに対する満期以後完済までの法定利率による遅延損害金である訴状には「本件手形金及び満期日より完済に至るまでの法定利息の支払を求む」と記載されているが右趣旨は約束手形金に対する満期日より完済に至るまでの法定利率の割合による遅延損害金支払を求めるという意味である

本件の様に金銭債権に対する遅延損害金の支払を請求する際には仮令それを利息と称しても損害金の趣旨であるとすることはつとに判例の示すところである(大審院明治三三年十月二日判決同年十二月二十日判決)

原決定は原告の右に関する主張を原告は商法所定の法定利息を求めるという趣旨である旨述べているが、訴状には単に法定利息となつていて手形法四十八条第一項第二号所定の法定利息を求めていないのである

(三) 而してかように本訴において原告は被告に対し(1) 約束手形金及び(2) これに対する満期以後の債務不履行(履行遅滞)による遅延損害金の支払いを求める二個の請求を併合しているわけであるが債務不履行による遅延損害金の義務履行地は本来の手形金債務の義務履行地とは関係なく債権者の住所地と解すべきである

遅延損害金は本来の手形債務が債務不履行に陥つたことにより生ずるものであつて手形金債務を前提とはするがそれ自身でないことは勿論手形金債務とは別個のものである。而して右遅延損害金債務の義務履行地については何等の特約はなされていない特段の定めのない以上その義務履行地は債権者の住所であるとすること商法第五百十六条一項に定めるところである

これを実質的に考へてみても債務者が履行遅延に陥つた以上同人に対する制裁の意味から云つても当然遅延による損害は債権者の住所に持参するのが当然である

(この意味では手形法四八条一項二号の法定利息もその本質は損害金であり債権者の住所において支払はれるべきものである)

(同趣旨判例長野地方裁判所松本支部大正二年一月一四日判決大阪地方裁判所大正八年九月二六日判決)

従つて本件において被告に対し満期以後の法定利率による遅延損害金の支払を求める請求についてはその義務履行地である債権者の住所地「大阪市」を管轄する大阪地方裁判所が管轄裁判所である

(四) 而して前記の如く本件において原告は右遅延損害金の支払請求と約束手形金の支払請求の二個の請求を一つの訴において併合して請求しているのであるからその一つである遅延損害金支払請求について管轄権を有する大阪地方裁判所に約束手形金支払請求についても管轄権のあること民事訴訟法第二十三条の定めるところである

(この点併合された請求に本件の様に主従はあつても二回以上の請求ある限りその主従によつては右規定の趣旨を左右にすべきでない)

(五) よつて本件については大阪地方裁判所が管轄裁判所であり、原告が同裁判所に訴を提起したのは正当であり本件につき大阪地方裁判所に管轄権なしとする同裁判所の原決定は不当であり取消されるべきである

猶本件事案については札幌高等裁判所凾館支部昭和三十一年四月二十七日決定があり原告の主張と同趣旨であることを附言するよつて本件抗告に及んだ次第である。

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